はじめに:その数十万円の請求、本当に払う必要ありますか?
賃貸物件を退去する際、「数十万円の高額な修繕費用を請求された」という話はよく聞きます。もし30万円を支払うことになったら、そのお金を貯めるためにどれだけの時間と労働が必要かを想像してみてください。
無駄な出費を防ぐには、感情論ではなく「正しい知識」で武装することが唯一の対策です。
今回は、私が実際に退去時に対応した経験と、国土交通省の公的なガイドラインに基づき、あなたが大切なお金を守るための知識を共有します。
賃貸退去時のトラブルは日常茶飯事
賃貸住宅をめぐるトラブルは、決して他人事ではありません。国民生活センターのデータ(2024年度)を見ても、賃貸住宅関連の相談は年間2万件を超え、そのうち約3〜4割が敷金・原状回復に関するもので占められています。
特に多いトラブルは以下の3点です。
「通常損耗」を借主負担にされるケース
最も多いのが、貸主(管理会社)が、本来は大家さんの負担である「通常使用による経年劣化」や「通常損耗」にかかる費用を、敷金から差し引こうとするパターンです。
- クロス(壁紙)の自然な変色
- フローリングの色あせ
- 家具の設置跡のへこみ
これらは賃料に含まれていると考えられており、原則として借主の負担ではありません。
「原状回復」の範囲の誤解
多くの借主は「住む前の状態に完全にリセットする」ことだと誤解しがちです。しかし、法律上の「原状回復義務」とは、「通常の使用を超えるような使い方」によって生じたキズや損耗を復旧する義務を指します。
ハウスクリーニング費用が強制請求される
退去時クリーニング費用が契約書に明記されている場合でも、その負担範囲や金額が不明確なケースがあります。また、契約書に特約として明記されていない場合は、ハウスクリーニング費用を強制的に請求されても、支払い義務はないことが原則です。
知識武装の核:国交省ガイドラインの基本
高額な請求を拒否するための最も強力な武器が、国土交通省が定めている『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(2021年改訂)』です。
「原状回復」の法的定義を理解する
ガイドラインでは、原状回復の考え方を以下のように明確に定義しています。
原状回復とは: 賃借人(借主)の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による建物の減耗・毀損を復旧すること。
つまり、あなたが普通に生活していて発生した「経年変化」や「通常損耗」の修繕費用は、大家さん(貸主)が負担するのが基本ルールです。
借主と貸主の具体的な負担区分一覧
| 項目 | 借主負担となるケース(修繕費用を負担) | 貸主負担となるケース(原則、賃料に含まれる) |
|---|---|---|
| 壁・クロス | ・タバコのヤニ汚れ・臭いによる変色(全額負担) ・子供の落書きや、釘・ビスを多数打ち付けた穴 | ・家具の設置跡、日焼けや自然な経年変色 ・画鋲やピンの跡(数カ所の軽微なもの) |
| 床・畳 | ・重い物を落としてできた大きなへこみ・傷 ・ジュースなどのシミやカビ、タバコの焦げ跡 | ・通常歩行による摩耗やフローリングの色あせ ・畳の日焼けや変色 |
| 水まわり | ・借主が油汚れやカビを放置したことによる腐食・サビ・臭い | ・通常の使用による水垢や汚れ |
| 清掃費用 | ・契約書に特約があり、内容が有効な場合の特別な清掃費用 ・タバコやペットによる残臭・変色がある場合の消臭費用 | ・特約なしの場合の通常のハウスクリーニング費用 |
| 設備 | ・故意または不注意(過失)によるドアやガラスの破損 ・フィルター清掃を怠ったことによるエアコンの故障・臭い | ・老朽化や経年による設備の破損・故障 ・通常使用・経年によるエアコンの故障 |
特約の有効性に関する補足
「退去時の全面クリーニング費用は借主負担」といった、借主にとって不利な特約がある場合でも、その特約は以下の3つの条件をすべて満たさなければ無効となるケースがあります。
- 特約の内容が明確であること。
- 借主が内容をしっかりと理解していること(説明を受けた証拠があること)。
- 特約に合理的な理由があること(例:相場より安い賃料で借りていたなど)。
一方的に契約書に記載されているだけでは、「無効」を主張できる可能性があることを覚えておきましょう。
要注意!立ち合いとサインの「ダークパターン」
立ち合いは義務ではない
退去立ち合いは、実は民法や賃貸借契約法上の義務ではありません。多くの管理会社は修繕範囲の確認のために慣習的に実施していますが、法的な拘束力はないため「必ず立ち会わなければならない」というわけではありません。
その場でのサインは絶対に避ける
多くのトラブルは、退去立ち合いの場で「修繕費の確認書」などと称して、サインを求められることから始まります。
【最も重要なポイント】
- その場で金額に同意しないこと。
- サインはしない、と明確に伝えること。
立ち合いは、あくまで物件の状態を確認するためのものであり、修繕費の金額を確定させる場ではありません。修繕費の請求書は、後日、内訳が明確な状態で送付してもらうようにしましょう。
私の退去体験談:知識で費用を拒否した実例
知識で武装した私が、実際にどのように対応し、請求を回避したかをご紹介します。
入居時:「傷のリスト」を作成する
入居時に物件の確認を求められた際、私は柱や床の既存の傷などを念入りにチェックし、すべて書面に記載し、提出しました。さらに、念のため傷の部分は写真も撮っておきました。
この一手間が、退去時の「防御壁」として機能します。
退去時:ダークパターンを回避する
「賃貸借契約解除届」を確認したところ、「退去は立ち合いを行わず一任する」というチェック項目がありました。うっかりチェックしそうになりましたが、危うく引っ掛かるところでした。これはまさに「大家さんに請求を一任する」ダークパターンです。
私はこのチェックを外し、「立ち合いが必要である」旨の電話がかかってくるように仕向けました。
立ち合い当日:「査定泣かせですね」の一言
立ち合いが始まると、担当者から開口一番、「賃貸退去慣れていますか?こんな大まかな『傷のリスト』だと、こちらから指摘できるものがなくて査定泣かせですね」という発言がありました。
- 請求する気満々だった担当者に対して、私は動揺せず、「本日はサインしない」旨を明言しました。
最終的に提示された請求額は、窓やベランダ、風呂、トイレなどの各種クリーニング費用を合わせて28,000円ほどでした。
しかし、私は退去時に水拭きなど最低限の清掃を済ませていたため、これらのクリーニング費用は「通常損耗・経年劣化」の範囲内であり、「賃料に含まれる部分」だと判断し、全額拒否しました。
結果、請求は取り下げられ、敷金は満額返金されました。
まとめ|冷静な対応と知識の力が、数十万円を守る鍵
退去トラブルは、誰にでも起こり得ます。
だからこそ、「備え」と「知識」が最大の防御になります。
💡 退去時に守るべき3つの鉄則
- 入居時の記録を残す
小さな傷も写真・書面で残し、後の「証拠」にする。 - 国交省ガイドラインを理解する
「通常損耗」「経年劣化」は原則貸主負担であると知る。 - 立ち合いでは絶対にサインしない
その場で同意せず、後日内訳を確認してから判断する。
不動産業者の多くは誠実ですが、「借主が知識を持たない前提」で請求してくるケースも残念ながら存在します。
だからこそ、最初から“性悪説”で準備することが、最も確実な自衛策です。
数十万円の請求を回避する力は、交渉力ではなく知識です。
一度理解しておけば、次の引っ越しでも、そして家族や友人を守るときにも役立ちます。
🧭「知っているかどうか」で、結果はまるで違う。
今日から、あなたの退去防衛力を高めていきましょう。


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